北杜折々の記6

2022/7/16開催の講演会(NPO法人在宅ホスピスボランティアきぼう主催)での基調講演の様子
2022/7/16開催の講演会(NPO法人在宅ホスピスボランティアきぼう主催)での基調講演の様子

 100歳を超える女性が亡くなった日は、私が後期高齢者となった日の翌日の深夜だった。死亡診断に伺った時のこと。診察が終わって一息ついた時、「お墓をどうするか」という話になった。患者の長男と長女は、30年近く前に亡くなった父(今回死亡した患者の夫)と同じように、土葬にしたいとのことだった。これだと、葬儀社の手を借りなくて済むから安上がり。息子さんがニコッと笑いながら教えてくれた。しかし、現実的には手続きが面倒で実現性は低い。

 

 その当時、北杜市(旧山梨県北巨摩郡)には火葬場がなく、死体を土中に埋葬することが多かったという(昔のことをよく知っている方、教えてください)。土葬は火葬と違い、埋葬してもそこにご遺体が存在するので遺族の安堵は大きく、感慨深いようである。しかし、全国的に土葬が行われる地域は少なく、“土葬の会(山梨県南巨摩郡)”によると山梨県でも、これまでに数件の埋葬実績があるだけだ。

 

 私は3000人のがん在宅死に関わってきたが、実際に土葬の話を聞く機会はなかった。興味深い話だったので、詳しくその時の様子を伺った。

 「父の具合が悪いことは、部落のみんなが知っていました。父は病院で亡くなったのですが、私たちよりも先に近所の人が父を病院から家まで運んでくれたようで、家に戻った時には父はいつもの寝床に横になっていました。」

 「部落全体の出来事だったのですね。」

 「はい。家の周りに多くの人が集まり、私たちは接待するというよりも皆の世話になって、事がどんどん進んでいきました。気がついた時には、お葬式も終わっていたというような感じでした。」

 「ところで、ご遺体は?」

 「白装束の父を棺桶の中に入れ、深さ2メートルの穴を掘り、そこへお棺に入った父を埋めたのです。直のスコップで掘るのですがこれは無理なので、わたしが普通のスコップを用いて掘りました。先生、今は重機を使えば簡単ですが2メートルの穴を掘るのは大変ですよ。」

 「そうでしょうね。ところで火葬の時はお釜に入れるときの、最後の別れが一番つらいのですが、それがないからいいですね。」

 「いや、そうでもありません。棺桶の上に土をかけていくのですが、その時はやはりつらいです。土は大きく盛りあげるのです。」

 「どうして?」

 「時間が経つと、ある時突然、ドスンという大きな音がして盛った土がへこむのです。木の棺桶がつぶれるのですね。」  

 「子供のころ、『火の玉を見た』というような話をよく聞いたのですが、ちょっと気持ち悪いですね。ところでお父さんのお墓はどちらですか?」 私の問いに、二人は顔を見合わせた。

 「先生が通ってきた道のすぐ横です。そこが墓ですが、特別な印はありません。」

 

 小雨が降る闇の中、玄関を出てお父さんが埋まっている場所のあたりを通りすぎ、懐中電灯を照らしながら道を急いだ。

 怖かった。