在宅医のとまどい2 医療機関、北杜市と墨田区
「地域のお年寄りは、病気になって診療所へ行けなくなったらどうするのだろう?」
医師という仕事柄、こちらに越してきて僕はまずそのことを心配した。データから見ると、北杜市は医療過疎地。大きい病院は少ないし(100床台の病院が2つ存在するのみ)、診療所もまばらだ。そして、「では、どうすればよいのか?」を考え続けてきたが、解決策はおろか問題解決の入り口さえ見つけることができなかった。しかし幸いなことに、今回この連載記事を執筆していて、問題解決の入り口が見えてきたような気がしている。
医療過疎地では、患者と医師とのアクセスをどうすればよいか、という問題がもっとも重要で、そこに解決の糸口があることに気付いたのだ。
医療機関数を人口当たりでみると北杜市は墨田区の半分である。ただし二つの場所で在宅医として働いた経験からいうと、墨田区は医療機関数過剰なので、『北杜市は医療過疎地』と一言で片づけるのは問題だと思う。さらに、在宅医療を中心的に担う在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションの人口当たりの数について言えば、北杜市と墨田区はほぼ同数である。ただし、この問題を議論するにあたっては、墨田区の医療事情を説明しておく必要がある。墨田区は狭い範囲に病院、診療所が密集している。医療を受ける立場の住民は大変恵まれた環境にあるのだが、別の見方をすれば、墨田区は医療過多の、医療機関が競合する地域と言わざるを得ない。実際問題として、最近は在宅医療機関の数が急増しており、各診療所が患者確保に四苦八苦するという皮肉な現象が起きている。とは言え、患者確保の苦労を除けば墨田区は確かに在宅医にとって働きやすい地域であることは間違いない。
だが交通の便がよく、診療所へのアクセスが容易な場所に、本当に都心部のような過密な在宅医療が必要なのだろうか。このような問題意識を持って北杜市の医療環境を見た時、医療過疎の北杜市にこそ在宅医療を充実させなければならないと僕は確信するようになった。そもそも、北杜市の面積は墨田区と比較してはるかに広いのだ。
北杜市の単位面積当たりの診療所数は墨田区の実に1/9000、在宅療養支援診療所の数は1/300。広い地域に診療所が点在している。これが北杜市の実態である。結果的にひとつの診療所が広い範囲をカバーしなければならないのだが、この問題を患者サイドで考えると大変興味深いことに気が付く。病状が安定している限り、医療過疎は決定的な問題にならないのである。
『患者の病状が安定し、急を要しない場合』のことを考えてみよう。
このような場合、たとえ診療所が少々遠くにあっても患者が自分で車を運転できれば、診療所まで行って医師に診てもらい、必要な検査を受け薬を処方してもらうことができる。また通院が困難となれば在宅医療に変更し、医師の訪問診療を受ければよい。たしかに少々不便はあるが、通院可能な場合も不可能な場合も、『病状が安定していて急を要しない』限り、安心して診療を受けることができるのである。
問題は、症状の急変、新しい症状の発生などのため医療的な対応を必要とする、『急を要する場合』だ。
救急車を呼んで24時間対応している病院へ搬送してもらうというのが一般的な対処法であるが、もし在宅で医師の診察を受けようとすれば、在宅医が患者宅まで往診するしかない。その場合、患者と医師との距離が離れていることが大きな問題となる。自分自身が後期高齢者に仲間入りし夜間の診察が億劫になることもあり、この距離の問題を考える場合、医師自身の高齢化の問題も考慮する必要がある。いずれにしろ、この距離の問題をどう解決するかが、過疎地医療の問題解決の鍵だと考えられる。問題解決の糸口は見つかっても、解決に至る道には大きな難問がいくつも立ちはだかっている。
(2023年3月28日記)