北杜折々の記21

7月15日に鉄門(東大医学部)先輩の小堀鴎一郎先生が我が家を訪ねてくださいました。先生の在宅医療にFocusをあてた映画の上映会にわざわざ北杜市まで来てくださり、その足での訪問でした。先生は医療者として、また森鴎外の孫としても広く知られており、少し緊張しましたが楽しい語らいの時を持つことができました。(本文とは関係ありません)
7月15日に鉄門(東大医学部)先輩の小堀鴎一郎先生が我が家を訪ねてくださいました。先生の在宅医療にFocusをあてた映画の上映会にわざわざ北杜市まで来てくださり、その足での訪問でした。先生は医療者として、また森鴎外の孫としても広く知られており、少し緊張しましたが楽しい語らいの時を持つことができました。(本文とは関係ありません)

「心肺停止です」 

 

「母が息を引き取った時、妹と二人で思わず母に拍手しました。」

死亡診断に伺った僕に、長女さんが晴れ晴れした表情で母親の最期の様子を教えてくださった。90数回の春秋を数え、胃がんによる静かな在宅死。逝くひとも送るひとも、心から満足し得心する。これが家で逝くということの真髄だ。このような死を今でも北杜市では見られる。

 

 ところが、これもこちらに来てからの話。100に近い高齢の方がご自宅で亡くなった時、「心肺停止です」との報告を看護師から受けて驚いたことがある。下部消化管の通過障害によるイレウスが死因なので、『眠るような最期だった』とは言えなかったかもしれない。しかし家族にはあらかじめ「重症の腸閉塞なので急変する恐れがあります」と説明してあり、家族も少なくともその時は落ち着いて受け止めていた。お亡くなりになった時、あわてていたのは看護師だったかもしれない。

 

 30数年前、若い妻の枕もとで長男と酒を酌み交わしながら看取った、あっぱれな夫の話を僕は紹介したことがある(家で死にたい、保健同人社)。夜中にそのことを報告してきた彼の言葉は「先生、いま女房は逝きました。ありがとうございます」だった。病院では考えられない看取り、しかも家族からの落ち着いた報告。驚いたというよりも、衝撃だった。

 

 その時から30数年経過した。今もかつての病院風の、無機的な死のとらえ方が行われている。驚くとともに悲しかった。せめて、「呼ばれて来たら、呼吸が止まっていました。『我が家で』とおっしゃっていた希望が叶いました」と僕に報告してほしかった。看取った家族が、傍で聞いているはずだ。

 

 死を特別視せず、愛する人を失った悲しみ、患者と家族が望んだわが家死が実現できた喜びを共にする。どうすればこの地でも、そのような哲学と文化が根付くか、与えられた課題は大きい。

 

(2023年9月15日記)