北杜折々の記24

小淵沢駅から望む八ヶ岳     
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“在宅医療よ、何処へ”

 

 今から30年前の1993年12月、テレビ朝日で『愛する人たちへ…最期は家で…』というドキュメンタリー番組が放映された。在宅ホスピスという言葉のなかった時代、わたしは1年半にわたって取材に付き合った。何度も再放映されたのだが、知っている方は意外と少ない。なにしろ、30年前の話だからだろう。

 

 出来上がった番組をご覧になった恩師の佐藤智先生は、「よくできた番組だ」と褒めてくださったのだが、「ただ一つだけ、気になったことがある」と、わたしと異なる考えを述べられた。それはわたしが口にした、「在宅ケアは意識の高い方が選択する一つのOptionだ」という言葉だった。ほかならぬ佐藤先生の評である。先生の言葉は呪文のごとく、いまに至るまでわたしの心に残っている。しかし、”意識が高い“という言葉はたしかに適切でなかったかもしれないが、『在宅医療は”選択肢の一つ』というわたしの考えは、今も変わっていない。否、それどころか、近年ますますその思いを強くしている。

 

 番組放映の時から30年経ったいま、「Quo Vadis, Domine?(主よ、何処へ)」ではないが、在宅医療がどこへ向かっているのか、わたしにはわからなくなることがある。在宅医療の対象者が『在宅生活を希望する “高齢者や病人”である』ことに異論はないが、問題と思っているのは『高齢者や病人の“多く”が自立困難となった時点で在宅を選択しない』という事実である。

 

 「元気なうちはわが家で過ごすが、それができなくなったらどこかの施設、あるいは病院へ入院する」、あるいは「家に居たいが今の自分が置かれた状況を考えると、在宅は無理だ。自分が安心して過ごせるのは施設しかない」と、自分の将来をイメージしている人があまりにも多いのだ。そして周りを見渡すと、施設の数が十分でないことに焦りを覚えるのである。人々は在宅サービスの充実よりもむしろ、声高に施設や病院などの充実を訴えることになる。この考えに立てば、施設を充実させることが国や自治体の最重要課題となり、在宅へはむしろあまり重きを置かない方がよいということになる。

 

 あらためて問いたい。「在宅医療よ、何処へ?」

(2024年1月8日記)